在日コリアンなどの排斥を訴える差別的なデモの拡大を受け、「ヘイトスピーチ」という言葉が2013年になって広く使われるようになった。今年度の新語・流行語大賞のベストテンにもノミネートされ、この言葉が日本社会に一定のレベルで定着しつつあるように思う。
一方で、多くの新聞やテレビが「ヘイトスピーチ」を「憎悪発言」と直訳してしまったために、まだまだこの語の意味を誤解している人も多いようだ。
こちらのまとめをご覧いただきたい。
「『死ね』はヘイトスピーチではない」?
http://togetter.com/li/608527
「ヘイトスピーチ」の意味を誤解している典型的な例である。
「知恵蔵mini」(朝日新聞出版)は、「ヘイトスピーチ」について、以下のように解説している。
憎悪に基づく差別的な言動。人種や宗教、性別、性的指向など自ら能動的に変えることが不可能な、あるいは困難な特質を理由に、特定の個人や集団をおとしめ、暴力や差別をあおるような主張をすることが特徴。欧州にはヘイトスピーチを禁止する法律を設けている国が多いが、日本にはこれを特別に取り締まる法律はない。2013年に入り、日本ではインターネット上やデモで近隣諸国に対するヘイトスピーチが急増しており、問題視されている。
( 2013-5-13 )
http://kotobank.jp/word/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81
こちらを参照していただければおわかりのように、「死ね」という発言だけでは、それがヘイトスピーチにあたるかどうか判断することは不可能である。ある言葉がヘイトスピーチに該当するかどうかは、その言葉が発せられた文脈や状況に左右される。
ヘイトスピーチに該当するか否かの判断基準として、「自ら能動的に変えることが不可能な属性を対象にしているかどうが」があげられる。さきほど紹介したまとめのコメント欄にある
「まるっきりネトウヨみたいなやつらやな。まとめて死ね」
は、「独自の解釈で相手の発言を「ヘイトスピーチ」と認定して攻撃する者」を「ネトウヨみたいなやつら」であるとして「まとめて死ね」と罵倒している。一般に「死ね」などという言葉は、当然ながら他人に向けて発せられるべきではないと理解されているし、暴言であることは間違いないが、この場合は「ヘイトスピーチ」には該当しない。「自ら能動的に変えることが不可能な属性」を対象にしていないからである。いくら社会的に許されない、非難されるべき暴言であろうと、この基準を満たしていなければ、それは「ヘイトスピーチ」にはあたらない。
逆に、「死ね」「殺せ」などの暴言を一切含まなくても、
「在日コリアンの皆様は、本来日本に住まうべき方々ではありません。どうぞ、半島にお帰りになるのがよろしいかと存じます」
を当事者に向けて発したら、それはヘイトスピーチに該当する。
先のまとめのコメント欄には、
「不誠実な態度にヘドが出ます。地獄に落ちるがいいとさえ思う 」
を「ヘイトスピーチ」だと主張している人がいるが、文脈を参照すれば、特定の属性の個人や集団を対象にしていないことがわかり、ヘイトスピーチにあたらない。ただし、
「日本に住む中国人の不誠実な態度にヘドが出ます。地獄に落ちるがいいとさえ思う」
と街中で演説したとすれば、それはヘイトスピーチにあたる可能性が高い。
ここで気をつけなければならないのは、「ヘイトスピーチに該当しなければ、卑劣な暴言でも許されるのか」などといった議論は、先のまとめにあったような「ヘイトスピーチの定義」についての議論には、本質的に関係がないということである。「ヘイトスピーチには該当しないが、許されない暴言」など、いくらでも考えられる。「『死ね』などといった言葉を他人に投げつけることは、どんな場合であっても許されない!」という意見は、当然存在してよい。
※なお、「ヘイトスピーチ」が成立するか否かの判断に、「バックグラウンドに差別構造が存在するか」という非常に重要な点があるが、そちらは次回に譲ろうと思う。